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Domaine de Montille(ド モンティーユ)

本拠地
ヴォルネイ


歴史
17世紀後半 ヴォルネイに居を構えていた記録が残っている。
1920年代後半 フランソワ・ド・モンティーユによってワインづくりが始まり、フランソワの代でその後元詰めも開始する。そのご、ユベール・ド・モンティーユが後を次ぎ、確固樽評価を築き上げた。ドメ−ヌ名はHubert de Montilleとなる
1983年 学生であったがエティエンヌが手伝うようになる。(その後も約1ヶ月の休暇を取り毎年手伝いに帰っていた。)
1990年 エティエンヌが一人で醸造をするようになる(ただし本職の傍ではある)。
1991年 ユベールによってリュットレゾネを採用される。
1993年 Puligny-Montrachet 1er cru Cailleretをジャン・シャルトロンから0.5haを購入する。モンラッシェから20m程度の高立地条件である。
1996年 ユベールからパリで弁護士を務めていたエティエンヌ・モンティーユへドメーヌが引き継がれた。Hubert de MontilleからDomaine de Montilleとなる。
1997年 有機栽培へと移行
2002年 エティエンヌはシャトーピュリニ−モンラッシェの支配人を務める。
2003年 ドミニク・ラフォン、クリストフ・ルーミエ、エマニュエル・ジブロの後を受けて、GESTの会長を務める。さらにネゴシアン部門ドゥー・モンティーユの設立を妹のマダム・アリックス(ジャン・マルク・ルーロの妻でもある。)とともに設立する。
2005年 民間の不動産屋からドメーヌ デュジャックとともに18ha(の畑を所有している会社でもともとはト−マ・モワイヤールが所有していた。)を購入(一部の雑誌ではデュジャックへ紹介をしただけともかかれている)。うちグランクリュ、プルミエクリュのChambertin、Bonne Mare、Clos de Vougeot、Romanee Saint-Vivant、Corton-Les Clos du Roiを含む10haは両者が共同で管理をしていく。
2008年現在では、製品化の内訳等は不明(デュジャックが新たにロマネサンヴィヴァンとシャンベルタンをリリースしたのは確認した。)
2008年現在 近年はビオディナミをへと移行を果たしている。

 

栽培
ビオディナミを採用。もともとユベールの代である70年代80年代と殆どワインづくりまでの作業をかえておらず、除草剤等も使用したことがなく鋤入れで対応してきていた。
自然を尊重し、グリーンハーヴェストは行わないため収量は平均で40hl/ha程である。

 

醸造
除梗は75ー85%程行い、12−14℃で4−5日の低温浸漬を行う。最高温度は34℃と比較的高めで20日間程、ピジャージュは一日6−8回と多めに行う。糖と酸のバランスをを重視しており、シャプタリザシオンなどは極力行わず、アルコールド度数は12.5ー13°程度で、現代としては特徴的な程の数値である。

 

熟成
新樽は、近年減らす傾向にあるが、10ー30%程で15ー18ヶ月の熟成を行う(以前はもう少し長かった)。

 

主要商品(2008年7月編集)
Rouge
Beaune 1er cru Les Perriere
Beaune 1er cru Les Sizies
Pommard 1er cru Pezerolles
Pommard 1er cru Les Grands Epenots
Pommard 1er cru Les Rugiens
Volnay 1er cru Taille Pieds
Volnay 1er cru Les MItans
Volnay 1er cru Champans
Volnay 1er cru
Bourgogne Rouge

Blanc
Puligny-Montrachet 1er cru Cailleret  0.5ha

 

商品、スタイル、他情報について
エチエンヌが引き継いだ時点では7.21haであったが、デュジャックとの共同での購入等もあり、拡張傾向にある。

果実に柔らかさがあり過度な抽出をしていないため、早くから飲めるが、クラシカルで酸やミネラルが豊富で、本来のポテンシャルがワインにあらわれるまでは長期の熟成が必要で、骨格の強いワインを造っている。

 

輸入元
ヴァンパッシオン