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Domaine Henri Goouges(アンリ グージュ)

本拠地
ニュイサンジョルジュ


歴史
1929年 ルソーやダンジェルヴィーユやグリヴォとともに早くから元詰めの組織を設立した。当時瓶詰めの機械がなかったため、樽から手で瓶詰めをし、コルク栓も手でしていた。
1936年 ドメーヌ・アンリ・グージュをアンリ(1899年生まれ)が創立。
1936年 アンリがNuits-Saint-Georges 1er cru Clos de Porrets Saint Georges内に白葡萄をつけた若枝を発見、それを徐々に増やして行き、後のピノ・グージュとなる。
1946年 ニュイサンジョルジュの組合長からはじまり、アンリがコート・ドールの組合長となる。伝統のシュヴァリエ・ド・タストヴァンもアンリの茶の間でもヴィニュロンの集まりから発展した物である。
1967年 アンリが死去。息子のミシェルとマルセルが跡を継いだが、ドメーヌの評判は低下した。
2008年現在 3代目に当たるのマルセルの息子ピエール(1946生まれ、栽培担当)とミシェルの息子クリスチャン(1956年生まれ、醸造担当)が跡を継いでいて、かつての評判を取り戻している。

 

栽培
2008年現在、基本的にはピエールが担当している。
一部の畑に芝を植えてあるが、クリスチャンがドイツを放浪していた際に見かけたことがきっかけで、表土が流れてしまうことを防ぐため。10年程たった今では、それらの畑は樹勢が抑えられ、葡萄の粒が小さく色の濃い葡萄が収穫されることが判明している。その区域は自然に収量が抑えられる多め、摘房を実施したことがないほどである。
栽培は2001年からビオロジックを採用している。(それまではリュットレゾネであった。)
収穫は選果されながら手積みで収量は30〜40hl/ha。
白葡萄も手積みである。

 

醸造
クリスチャンが担当している。
手積みをされて腐敗果や未熟果が取り外された後100%除梗を行う。その後2日程低温浸漬を行い、最高32℃で12〜18日間の発酵をセメントタンクで行う。ピジャージュは発酵中に4〜5回行われる。

白は丁寧に圧搾されたのにに、228L入りの樽に移されて、17〜18℃で発酵

 

熟成
発酵後、澱を残したまま樽に移されマロラクティック発酵を行う。
樽は極軽いローストの物を最大でも15%の新樽比率で熟成させられる。澱引きは1〜2回程度、18ヶ月の熟成後、無清澄、無濾過、で瓶詰めをされる。

白の熟成は12ヶ月程度、新樽は15%程で3ヶ月間に渡ってに週1回のバトナージュを行う。2回のおり引きと1回の熟成を得て軽く濾過されて瓶詰めをされる。

 

主要商品(2008年5月編集)
Rouge
Nuits-Saint-Georges 1er cru Les Pruliers  1.63ha  10-70年
Nuits-Saint-Georges 1er cru Clos de Porrets Saint Georges 3.5ha 10-70年(monopol)
Nuits-Saint-Georges 1er cru Les Vaucrains   1ha   10-70年
Nuits-Saint-Georges 1er cru Les Saint Georges 1,08ha(44%所有) 20-70年
Nuits-Saint-Georges  10-50年

Blanc
Nuits-Saint-Georges 1er cru Les Perrieres   70年
Bourgogne Pinot Gouges

 

商品、スタイル、他情報について
村名のニュイサンジョルジュはシャルモアというグリヴォと同じ畑を中心に擁す。
ピノグージュはアンリが1936年郡然Nuits-Saint-Georges 1er cru Clos de Porrets Saint Georgesで発見した白い実をつけたピノノワールの若枝を発見して、そこから選定をした際でた、7〜8本の枝をさらに継ぎ木し、1年後植え替えが可能になった4株を植え替え、4年後の1942年に、その4株が安定して白葡萄を実らせることを確認し、葡萄学的、味わいにピノノワールに良く似た性格を持つその葡萄の生産を開始し、仲間に分け与えたりした。アンリの進取の精神を受け、門終えリエ大学でピノ・グージュの名前で登録している。

赤の色合いは深く、豊かな果実味と骨格にしっかりとしたタンニン、ミネラルをもつ。若いうちは堅さを感じるが熟成に伴いバランスが良くなって行く長熟なスタイル。

白は果実見に富み、香りもピノノワールのような濃度のある物。ミネラルのわりには酸味は優しい。

 

輸入元
ファインズ
ヴァンパッシオン